メルチョール・デ・マルチェナ(Melchor de Marchena)

フラメンコギター

生涯と経歴

メルチョール・デ・マルチェナ(本名:メルチョール・ヒメネス・トーレス/Melchor Jiménez Torres)は、1907年7月17日にスペイン南部アンダルシア地方のセビリア県マルチェナ町で生まれ、1980年3月12日にマドリードで73歳で亡くなりました。

彼はフラメンコに満ちた環境で育ちました。父親のエル・リコ(El Lico)は優れたギタリスト、母親のラ・ホセフィータ(La Josefita)はカンタオーラ(女性歌手)でした。彼の伯母であるラ・ヒリカ・デ・マルチェナ(La Gilica de Marchena)もソレアのスタイルを創り出した重要なカンタオーラでした。兄弟のミゲル・エル・ビスコ(Miguel el Bizco)とチコ・メルチョール(Chico Melchor)もギタリストでした。

彼は独学で演奏を学び、セビリアのアラメダ・デ・エルクレス地区の音楽的環境から影響を受け、ハビエル・モリーナ(Javier Molina)やマノロ・デ・ウエルバ(Manolo de Huelva)の演奏に触れました。特にマノロ・デ・ウエルバを最高のギタリストとして尊敬していたとされています。

スペイン内戦後、彼はコンチャ・ピケール(Concha Piquer)の楽団に参加し、その後マノロ・カラコル(Manolo Caracol)の楽団に移り、スペインとアメリカ大陸を巡演しました。1970年までマドリードのタブラオ「ロス・カナステロス」(Los Canasteros)の主任ギタリストを務め、マノロ・カラコルやアントニオ・マイレーナ(Antonio Mairena)などの著名なカンタオーレス(歌手)のレコーディングに参加しました。

音楽的特徴と重要性

メルチョール・デ・マルチェナは、フラメンコギターの歴史の中で最も重要な奏者の一人と評価されています。特に「トケ・ヒターノ」(toque gitano:ジプシー奏法)の代表的な奏者として、ディエゴ・エル・デル・ガストール(Diego el del Gastor)と並んで高く評価されています。

彼の演奏の特徴として以下の点が挙げられます:

  1. カンテ(歌)の伴奏に卓越した才能:彼は歌手の個性や歌のスタイルに完璧に合わせる能力を持ち、主役である歌手を引き立てながらも、適切な瞬間に正確な音を奏でる直感と知恵を持っていました。
  2. トケ・ヒターノの代表者:彼のギター演奏はフラメンコの伝統的な「ヒターノ(ジプシー)」スタイルを代表するもので、深い感情表現、ボルドン(低音弦)の使用、コントラタイエンポ(拍の裏)の強調などが特徴でした。
  3. 伴奏者として理想的:彼は歌手に合わせた伴奏に特に優れており、歌手の個性を引き出し、美しく伴奏する能力で高く評価されました。マノロ・カラコルとアントニオ・マイレーナという、当時のトップ歌手が彼の伴奏を競って求めたことは、その技量の証明となっています。

彼は一人の奏者として、フラメンコの「黄金時代」と「再評価期(ネオクラシック期)」の橋渡し的存在でした。パストーラ・パボン「ニーニャ・デ・ロス・ペイネス」(Pastora Pavón “Niña de los Peines”)、トマス・パボン(Tomás Pavón)、ニーニョ・レオン(Niño León)などの黄金時代の歌手から、マノロ・カラコル、アントニオ・マイレーナ、ホセ・メネーセ(José Menese)などの再評価期の歌手まで、幅広い世代の歌手と共演しました。

受賞と評価

1966年、へレス・デ・ラ・フロンテーラのフラメンコ学科(Cátedra de Flamencología)から、フラメンコギターの国家賞(Premio Nacional de Guitarra Flamenca)を授与されました。これはギターの分野における最高の栄誉でした。

芸術的遺産と影響

メルチョール・デ・マルチェナの芸術的遺産は、彼の息子であるエンリケ・デ・メルチョール(Enrique de Melchor、1950-2012)に直接引き継がれました。エンリケは父親の演奏スタイルを受け継ぎながらも、独自の進化を遂げた著名なギタリストとなりました。

彼の影響はアントニオ・カリオン(Antonio Carrión)などの他のギタリストにも及び、フラメンコギターの伴奏スタイルに「メルチョリスモ」(Melchorismo)と呼ばれる一派を形成したとも言われています。

彼が創り出した無数のファルセータ(falseta:ギターソロの短い演奏フレーズ)は、今日もなお演奏され続けています。

代表的な録音作品

彼の主な録音作品には以下のようなものがあります:

  1. 1960年:ニーニョ・リカルド(Niño Ricardo)とのブレリアス
  2. 1963年:「トリアーナのカンテの魂」(Duendes del Cante de Triana)
  3. 1963年:「アラメダの夜」(Noches de la Alameda)
  4. 1963年:「アンダルシアのタンゴ」(Tangos de Andalucía)
  5. 1973年:息子エンリケ・デ・メルチョールとの「アンダルシア・ジプシーギターの宝」(Tesoros de la guitarra gitano-andaluza)

また、マノロ・カラコルの二枚組アルバム「カンテの歴史」(Una historia del cante)では、ソレアとシギリージャの二曲でソロ演奏を披露しています。

他にも「ギターの巨匠たち」(Maestros de la guitarra)、「ジプシーギター」(Guitarra gitana)、「フラメンコの偉大なるギター奏者たち」(Grandes guitarras del flamenco)などのコレクションに彼の演奏が収録されています。

まとめ

メルチョール・デ・マルチェナは、フラメンコギターの歴史において最も重要な奏者の一人であり、特にカンテ(歌)の伴奏における卓越した才能で知られています。彼のトケ・ヒターノ(ジプシー奏法)は、深い感情表現と洗練された技術の融合であり、後世のギタリストたちに大きな影響を与えました。彼の芸術的遺産は、息子のエンリケを通じて次世代に継承され、フラメンコギターの発展に重要な役割を果たしました。

フラメンコの黄金時代と再評価期の架け橋として、彼は伝統を守りながらも、自身の個性と創造性を発揮し、フラメンコギターの歴史に不滅の足跡を残しました。